「有機」と「無機」について
※今回の内容は、ほぼほぼ化学の話です。
『鉱物』の定義にもあるように、
鉱物学は「自然界に存在する無機物質」を主にあつかっています。
主役は「無機物質」です。
一般に「自然界」といえば、
生態系や生物活動といった”自然の営み” を含めた概念として考えます。
しかし鉱物学的な「自然」は、
”生物とは切り離されたもの”という観点に立っています。
これは鉱物学が「物質の形成プロセス」に着眼しているためです。
それゆえ、
生物的なプロセスから形成された物質(生物由来)はあくまで「有機物質」と捉え、
地質学的なプロセスで形成された物質(非生物由来)を「無機物質」としています。
しかし「有機」を専門的に研究する ”化学” では、
違う視点から「有機」を定義しています。
有機化学の焦点は「炭素」です。
そもそも『炭素』とは
現在118種類ある原子のなかでも、
「炭素」(元素記号 C)は「生命の元素」として特別視されています。
英語でカーボン(carbon)です。
その理由は、炭素だけが持つ特性にあります。
- 最大4つの原子と結合できる。
- 結合に柔軟性があり、多様な分子構造が作り出せる。
この特性が、生命の ”複雑な” 構造と機能を可能にしています。
複数の原子と結合できる原子は他にもありますが、
結合の”柔軟性”かつ”多様性”がポイントです。
たとえば、生命体の細胞やDNAは炭素をベースにした化合物で構成されています。
また、人が生命を維持するために摂取するタンパク質、脂質、炭水化物、ビタミンなどの栄養素も炭素を骨格とした化合物です。
地球上の生命は「炭素ベースの生命」といえます。
「化学」と「有機物」の歴史
初期の化学
19世紀半ばまでの化学では、
有機物は「生物によってのみ生成される物質」とされていました。
”炭素” が有機物の主要な成分であることはすでに知られていましたが、
まだ有機物の定義の中心ではありませんでした。
『生物由来』が基準の時代です。
ヴェーラーの実験
しかし、1828年にフリードリヒ・ヴェーラー(独)が、
無機物から尿素(有機化合物)を合成したことで、この考えは覆されました。
これは有機化合物が生物に由来しなくても合成可能であることを示し、
有機化学の定義を根本から変えるきっかけとなりました。
再定義
この時点から、有機化学は『炭素を含む化合物』の研究として発展していきました。
「生物由来であること」から「炭素を含む化合物」
というより広い解釈に変わったのです。
そのため、ナイロンやプラスチックなどの人工物も ”有機物” になります。
ただし、炭素を含むが、
一酸化炭素(CO)、二酸化炭素(CO₂)、ダイヤモンド(C)、グラファイト(C)
などは、歴史的な背景から「無機物質」とされています。
これらはもともと生物由来でもなく、
構造がシンプルであるという特徴があります。
有機物の特性は、多様で複雑な構造を形成することができる点にあります。
ゆえに、
有機物とは、炭素を骨格に ”複雑な構造を持つ” 化合物
と解釈されるようになります。
現代の化学
無機物質である二酸化炭素(CO₂)と共通点の多い物質で、
メタン(CH₄): 炭化水素の一種で、天然ガスの主成分。
というものがあります。
これは、炭素(C)と水素(H)から成るシンプルな構成ですが、
伝統的に “有機化合物” とされています。
メタンは微生物の活動によって生成される、
生物由来のガスです。
有機物にはメタンのような例も存在するため、
現代の「有機化学」ではより明確に、
”有機化合物” は、炭素-水素(C-H)結合を持つ化合物。
と定義されることが多いです。
シンプルか複雑かに関係なく、
その構造に『C-H結合を持つかどうか』です。
ただし、それでも例外はあります。
例えば、尿素 CO(NH₂)₂ はC-H結合を持たないにも関わらず、
歴史的な理由から「有機化合物」として扱われます。
補足
理科の授業で、
『有機物(砂糖やでんぷんなど)を燃やすと「二酸化炭素(CO₂)」と「水(H₂O)」が発生する』
という実験をしたことがあるかもしれませんが、
これは有機物が ”C-H結合” を持っているから起こる現象です。
有機物が燃えると、
C-H結合の C と H がそれぞれ大気中の酸素(O)と結びつきます。
十分な酸素が供給されて「完全燃焼」した場合、
有機物は、残らず二酸化炭素と水(気化して水蒸気となる)に変わります。
※有機物に含まれるその他の物質(元素)も酸素などと結びついて気体になります。
理論上は、跡形もなくなります。
しかし酸素が十分でない場合、
結合する酸素が足りず「不完全燃焼」となり、
一酸化炭素が発生したり、炭素が残って「すす」や「炭」になります。
実際、完全燃焼させるためには、
燃焼を制御し、効率的な酸素の混合と熱の管理が必要になります。
実験室や産業プロセスのような管理された燃焼でないかぎり、
不完全燃焼になるのがほとんどです。
自然界で起こる火災なども不完全燃焼の例です。
このことから、
『有機物は燃やすと炭になるもの』
という説明も見られますが、あながち間違いではありません。
このように化学では研究の進展にともなって、
「有機」の解釈が変化してきました。
ただし、「無機物質(化合物)」に関しては、
「有機化合物以外の化合物」で一貫しています。
まとめ
「有機」という用語について総括すると、
分野によってその意味や定義は異なるものの、
この言葉の根底にある共通のキーワードは「生物」と「炭素」です。