
統治の分担とスサノオの追放
伊邪那岐命は禊の最後に生まれた三柱の貴き神々を見て、大いに喜びました。
そして、首にかけていた御頸珠(みくびたま:玉の首飾り)を取って天照大御神に授け、
「汝は高天原(たかまのはら)を治めよ」と命じました。
次に、月読命には「汝は夜の世界を治めよ」と告げ、
最後に、須佐之男命には「汝は海原を治めよ」と言い渡しました。
天照大御神と月読命が父の命に従って統治するなか、須佐之男命は「海原を治めよ」という命を放棄し、「母のいる 根の堅州国(ねのかたすくに:黄泉の国)に行きたい」と泣き続けていました。
その泣き声によって青々と茂っていた山々は枯れ、川や海は涙で干上がり、悪い神々が国中に満ちあふれました。
この騒ぎを見た伊邪那岐命は、激しく怒りました。
「この子は私の言葉に従わず、泣き叫んで国を乱している。もはやこの国には置いておけぬ」
――と述べ、須佐之男命を追放します。
アマテラスと「誓約(うけい)」
追放を言い渡された須佐之男命は、高天原に昇って姉の天照大御神に会いに行きます。
そして「私は父の命により、この国を去ろうと思います」と告げました。
しかし、須佐之男命が高天原へ上ってくるさまは、まるで国を攻め上るかのように激しく、
天照大御神はその様子を見て驚き、言いました。
「あなたはなぜここへ上ってきたのです。
まさか、私の治める国を奪おうとしているのではありませんか。」
須佐之男命は答えました。
「私は心に邪(よこしま)な思いなど持っておりません。
父が、私が泣き騒いでいた理由をお尋ねになったので、『母の国へ参りたいと思い泣いています』と申し上げたのです。
すると、父からこの国を追われました。
今日は、国を去る前にあなたにお別れを申し上げに参ったのです。」
天照大御神は、その言葉を聞いてもなお疑いを解かれませんでした。
「そうであるならば、その心の清らかさを、今ここで明らかにしなさい。」
そう言って、須佐之男命の真意を確かめようとされました。
須佐之男命は、それに応じて答えました。
「それでは、互いに誓いを立て、子を産みましょう。」
こうして二神は、天安河(あめのやすかわ)をはさんで向かい合い、『誓約(うけい)』の儀を行うことになりました。
まず天照大御神は、須佐之男命の十拳剣(とつかのつるぎ)を受け取り、
それを三つに折って、天の真名井(あめのまない)の水で清め、
口に入れ噛み砕いて吹き出すと、その息吹の霧の中から三柱の女神が生まれました。
- 多紀理毘売命(たぎりびめのみこと)
- 市寸嶋比売命(いちきしまひめのみこと)
- 多岐都比売命(たぎつひめのみこと)
これらの神々は後に「宗像三女神(むなかたさんじょしん)」と呼ばれ、海上の守護神として祀られるようになります。
福岡県の宗像大社(むなかたたいしゃ)を総本宮とする全国各地の宗像神社で祀られています。
また、広島県の厳島神社(いつくしまじんじゃ)の主祭神でもあります。
つづいて須佐之男命は、天照大御神の八尺の勾玉(やさかのまがたま)を受け取りました。
それは天照大御神が 御みづら(髪)や 御かずら(髪飾り)、そして手首に巻きつけていた玉飾りでした。
須佐之男命はそれを天の真名井の清らかな水で濯ぎ、口に含んで噛み砕き、息を吹き出しました。
その霧のような息の中から、五柱の男神が生まれました。
- 正勝吾勝勝速日天乃忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)
- 天之菩卑能命(あめのほひのみこと)
- 天津日子根命(あまつひこねのみこと)
- 活津日子根命(いくつひこねのみこと)
- 熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)
天照大御神はこれを見て言いました。
「この女神たちは、あなたが身につけていた剣から生まれたのだから、あなたの子です。
この男神たちは、私の持っていた玉から生まれたのだから、私の子です。」
ここで須佐之男命は、
「清らかな女神が、私の剣から生まれた。ゆえに、私の心は潔い。」
と自ら勝ち誇り、その振る舞いを乱して、悪しきことを次々と行いました。
高天原に上っては、水田の畔(あぜ)を壊し、水を引く溝を埋め、神殿の屋根に糞を撒き散らすなど、数々の乱行を重ねました。
それでも天照大御神は、
「それは、きっと弟が何か理由があってしたことでしょう。もともと悪意があるわけではありません」
と、咎めませんでした。
しかしスサノオの行為は止まらず、ついには天上の御殿で神聖な衣を織る場に、皮をはいだ馬を逆さまにして投げ込みました。
その場にいた機織女(はたおりめ)はあまりの出来事に驚き、機(はた)に身を打ちつけて死んでしまいました。
天岩屋戸と神楽舞
天照大御神はその光景を見て恐れ、天岩屋戸(あめのいわやど)を開いて身を隠され、その入口を大きな岩で閉ざしてしまいます。
天照大御神が岩屋に籠もられると、たちまち高天原は暗くなり、葦原中国(あしはらのなかつくに)も闇に包まれました。
昼と夜の別もなく、常に夜のような闇が続きます。
そのため、神々は動揺し、その声は騒がしく入り乱れ、蠅の群れが飛び交うように満ちました。
また、あらゆる災いが次々と起こり、世の中は乱れます。
そこで、八百万(やおよろず)の神々は天の安河原(あめのやすのかわら)に集まりました。
神議り(かむはかり)
神々はそこで相談し、思金神(おもいかねのかみ)に知恵をめぐらせ、岩屋から天照大御神をお出ましいただく方法を考えさせました。
思金神はまず、長鳴鳥(ながなきどり:鶏)を集めて鳴かせ、夜明けを告げる声で闇を破ろうとしました。
その後、
天の安河(あめのやすかわ)の川上の堅石(かたいし)を金敷(かなしき)とし、
天の金山(あめのかなやま)から採取した鉄を用いて、
伊志許理度賣命(いしこりどめのみこと)に命じて八咫鏡(やたのかがみ)を作らせ、
玉祖命(たまのおやのみこと)に命じて八尺の勾玉(やさかのまがたま)を作らせました。
その際、天津麻羅(あまつまら)を鍛冶屋として呼び寄せました。
次に、天児屋命(あまのこやねのみこと)と布刀玉命(ふとだまのみこと)に、
天の香具山(あめのかぐやま)の鹿の肩骨を抜き、
天の香山の桜の木の樹皮(かわ)を用いて、
その肩骨を焼いて、占いを行わせました。
そのうえで、神々は天の香具山から、神聖な真榊(まさかき)の木を根ごと掘り起こしてきました。
この木は、神々への捧げものを飾る依り代(よりしろ)となります。
そして、
- 上枝には、玉祖命が制作した八尺の勾玉が繋げられました。
- 中枝には、伊志許理度賣命が制作した八咫鏡が掛けられました。
- 下枝には、青と白の二色の幣帛(へいはく:神前に供える布)である青和幣(あおにぎて)・白和幣(しらにぎて)が垂れ下げられました。
神楽舞(かぐらまい)
ここまで準備が整ったところで、
- 布刀玉命は全ての祭具を飾り付けた榊を「御幣(みてぐら)」として捧げ持ち、天照大神の前に差し出しました。
- 続いて、天児屋命は、神々への奏上として、心を込めた祝詞(のりと)を読み上げました。
- さらに、力の神である天手力男神(あめのたぢからおのかみ)は、岩戸の扉の脇に身を隠して待ち構えました。
そして、いよいよ天宇受売命(あめのうずめのみこと)が登場します。
天宇受売命は、天の香山の日影蔓(ひかげのかずら:植物のつる)を襷(たすき)のようにかけ、
真榊の葉を鬘(かずら)として頭に飾り、手に笹の葉をもちました。
そうして岩戸の前に伏せて置いた桶(おけ)の上に力強く立ち、足で激しく踏み鳴らして踊り始めました。
やがては ”神懸かり(かむがかり)” の状態となり、衣装ははだけて恍惚とした様子で踊り狂います。

この舞を見た高天原の八百万の神々は、張り詰めていた空気を忘れ、ドッと一斉に笑い声をあげました。
天照大御神は、この異常な事態に不思議に思い、岩屋戸を少しだけ開けて外の様子を伺いました。
「私が隠れて世の中が闇(やみ)となっているのに、なぜ天宇受売は楽しそうに踊り、神々は皆笑っているのだろうか?」
天照大御神が尋ねると、天宇受売命は岩戸の方を向いて答えました。
「あなた様よりも、はるかに貴(とうと)い神がここに現れたので、喜んで舞い、笑っているのです。」
そこで、天児屋命と布刀玉命は、八咫鏡(やたのかがみ)を天照大御神の方へと差し出しました。
天照大御神がその鏡に映る自分の姿を「はるかに貴い神」だと思い、もっとよく見ようと岩戸から身を乗り出した、その瞬間でした。
岩戸の脇に隠れて待ち構えていた天手力男神が、その隙を逃さず、力任せに岩戸の扉を開け放ちました。
そして、天照大御神の手を取って外へと連れ出しました。
すぐさま、布刀玉命は注連縄(しめなわ)を岩戸の入口に張り渡し、
「これより内側には、再びお入りになってはなりません」
と申しました。
天照大御神が岩戸から完全に姿を現すと、高天原(たかあまはら)も葦原中国(あしはらのなかつくに)も、再び光に満ち溢(あふ)れ、災いも消滅しました。
スサノオへの裁定と追放
天照大御神が岩戸から出た後、八百万の神々は直ちに集まり、須佐之男命に対する処罰を決定するための会議を行いました。
そこで、
須佐之男命に「罰として償いの供え物を差し出すこと」を命じ、そのうえで鬚(ひげ)を切り、手足の爪を抜き取り、高天原から追放することを下しました。
穀物の誕生
高天原を追放され、地上へと降りる途中、空腹になった須佐之男命は、食物を司(つかさど)る女神である大気都比売神(おおげつひめのかみ)に食料を求めました。
すると大気都比売神は、鼻や口、そして尻から様々な美味しい食物を取り出し、それを調理して差し出しました。
しかし、須佐之男命はそれを見て、
「なんと穢らわしい。不浄なものを食べさせようとした!」
と怒り、大気都比売神を殺してしまいます。
ところが──
大気都比売神の遺体からは、さまざまな食物の源が生まれました。
- 頭:蚕(かいこ)
- 目:稲(いね)
- 耳:粟(あわ)
- 鼻:小豆(あずき)
- 陰部:麦(むぎ)
- 尻:大豆(だいず)
これらは神産巣日神(かみむすひのかみ)によってすべて集められ、穀物の種となりました。

今回のまとめ
天岩屋戸の騒動は、光を失った世界に再び秩序を取り戻す、大きな節目となりました。
神々の働きによって天照大御神が姿を現し、闇は退き、再び高天原に明るさが戻ります。
そしてその裏側で、乱れの原因となった須佐之男命には厳しい裁定が下され、高天原から追放されることとなりました。
そして天を離れた須佐之男命は、やがて出雲の地で新たな物語へと踏み出していきます。
次回は、
須佐之男命が地上へ降り立ち、出雲での思いがけない出会いと、八俣大蛇との戦いへと至る物語をたどっていきます。
どうぞお楽しみに。

