
国生みを終えた伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)は、さらに多くの神々を産み出します。
これが「神生み」と呼ばれる段階です。
神々の名称を
〇〇神(〇〇のかみ)と表記する場合と
〇〇命(〇〇のみこと)とする場合がありますが、
これは呼称の違いによるもので、
いずれも同一の神を指しています。
一般に、
- 系譜や分類など記録的に記すとき:
〇〇神 - 物語の展開や場面を描写するとき:
〇〇命
が用いられる傾向がありますが、その使い分けは必ずしも一貫していません。
本記事でも文脈に応じて使い分けていますが、意味の違いはありませんのでご了承ください。
自然神たちの誕生
ここで誕生する神々は、それまでに登場した抽象的・根元的な神々とは異なり、山・野・岩・土・水・火など、私たちが日常的に目にする自然そのものを直接的に司る存在です。
まず生んだ神は、
- 大事忍男神(おおことおしおのかみ):
重大な出来事を慎んで静かに受け止める神。
特定の自然要素は担わないが、秩序や事始めの象徴とも考えられる。
続いて、
- 石土毘古神(いわつちびこのかみ):
岩石と土の神。
大地の基盤を司る存在とされ、家の土台とも結びつく。 - 石巣比売神(いわすひめのかみ):
岩石と砂の神。
石土毘古神と対になる女神。 - 大戸日別神(おおとひわけのかみ):
戸の神。
家の出入り口(大戸)を司る神。 - 天之吹男神(あめのふきおのかみ):
屋根葺きの神。
天から吹く風を象徴し、天候・呼吸・気の流れと関連づけられる。 - 大屋毘古神(おおやびこのかみ):
家屋の神。
建築・住まい・家運に関係する守護神とされる。 - 風木津別之忍男神(かざもつわけのおしおのかみ):
「風が木の間を分け入って吹き抜ける様子を象徴する、静かで秘めた力を持つ風の男神」と解釈されます。
風害を防ぐ、防風林としての神とも考えられます。
これら六柱の神々は、いずれも家の土台、戸口、屋根、建物全体などに関わる神であり、まとめて家宅六神(かたくろくしん)と呼ばれています。
古代の人々にとって「住まい」は神の加護によって守られるべき神聖な空間であり、こうした神々の存在は、その意識のあらわれといえるでしょう。

家宅六神が生まれたあと、自然界のさまざまな領域を象徴する神々が次々と現れます。
ここでは、後の物語展開や日本神話体系の中で特に重要な役割を果たす神々が多く誕生しています。
- 大綿津見神(おおわたつみのかみ):
海の神。
海原全体を司る。『綿津見三神』の中心とされ、航海・漁業・海の安全に関係する。 - 速秋津日子神(はやあきつひこのかみ):
河口(水戸)の男神。
川と海の交わる場所=秋津(あきつ)を意味し、水の循環を象徴。 - 速秋津比売神(はやあきつひめのかみ):
同上の女神。
速秋津日子神と対で、水の女神として水脈や水の清浄性を象徴。 - 志那都比古神(しなつひこのかみ):
風の神。
「志那」は風を意味し、四季の風や天の動きに関係する重要な存在。 - 久久能智神(くくのちのかみ):
木の神。
森・木々の精霊で、木材や自然崇拝の中心的存在とされる。 - 大山津見神(おおやまつみのかみ):
山の神。
山々の霊力を象徴する。山の恵み、鉱物、狩猟などと関係が深い。 - 鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)
別名:野椎神(のづちのかみ):
野の神。
野原・草原を司る女神で、農耕や草木の生長を守る。 - 鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)
別名:天鳥船神(あめのとりふねのかみ):
舟の神。
神の使い(神使)や天と地を結ぶ乗り物の神とされる。 - 大宜都比売神(おおげつひめのかみ):
穀物・食物の神。
五穀をはじめ食の豊穣を司る女神。
スサノオ命に殺されたという神話も持つ。 - 火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)
別名:火之炫毘古神(ひのかがびこのかみ)
火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ):
火の神。
竈や鍛冶などの神として信仰されるほか、防火・防災の神として祀られる。

これらの神々は、それぞれ天地の構成要素を象徴しており、世界が秩序のもとに成り立つための基盤を形づくっています。
また、こうした神々の姿からは、古代の人々が自然のあらゆる現象に神の気配を感じ取り、畏敬の念をもって接していたことがうかがえます。
速秋津日子神・速秋津比売神の間にも神々が誕生しています。※別記
大山津見神と鹿屋野比売神の間には、
四対八柱の神々が生まれています。※別記
イザナミの死
しかし、すべては順調には進みませんでした。
伊邪那美命が最後に産んだのは、
火の神・迦具土神(かぐつちのかみ)。
この神を産んだとき、伊邪那美命は炎で陰部を焼かれ、病床に伏してしまうのです。
その苦しみの中で、彼女の体からはさらに神々が生まれていきました――
彼女の嘔吐物からは、
金山毘古神(かなやまびこのかみ)
金山毘売神(かなやまびめのかみ)
が生まれました。
これらは鉱山や金属を司る神々であり、のちに鍛冶や金属文化と深く関わる存在とされます。
また、糞からは、
波邇夜須毘古神(はにやすびこのかみ)
波邇夜須毘売神(はにやすびめのかみ)
が生まれました。
これらは土器や粘土の神々で、器づくりや墓とも関係づけられる神格です。
さらに、尿からは、
彌都波能売神(みづはのめのかみ)
和久産巣日神(わくむすびのかみ)
が生まれます。
彌都波能売神は水の神であり、和久産巣日神は食物の生成や命の循環に関わる神とされます。
このように、伊邪那美命の死に向かう過程そのものが神々の誕生につながっており、命の終わりと新たな命の誕生が重ねて描かれています。
やがて、伊邪那美命は命を落とし、黄泉の国(よみのくに)へと旅立ってしまいます。

怒りと悲しみの伊邪那岐命
愛する妻を失った伊邪那岐命は、深い悲しみに沈みます。
そのあまりの悲しみに、彼が流した涙からは 泣沢女神(なきさわめのかみ) が生まれました。
泣沢女神は、深い悲しみと追慕の感情を象徴する神であり、後には墓所や霊地に祀られるようになります。
そして、伊邪那岐命は妻を死に至らしめた原因である迦具土神を十拳剣(とつかのつるぎ)で斬り殺してしまいます。
伊邪那岐命が怒りのままに十拳剣を振るったとき、その剣の刃に滴った血からも、次々と神々が生まれました――
剣の刃の先から滴った血が岩石の上に飛び散って生まれた神々
- 石拆神(いわさくのかみ):
「石拆(いわさく)」は「岩を裂く」という意味で、岩をも裂くほどの力を持つ神とされています。 - 根拆神(ねさくのかみ):
「根拆(ねさく)」は「根を裂く」という意味で、地中の根をも断ち切る力を持つ神とされています。 - 石筒之男神(いわつつのおのかみ):
「石筒」は「石の筒」や「石の槌」と解釈され、石鎚や鍛冶道具を象徴する神とされています。
剣の刃の根元から滴り落ちた血が岩石の上に流れて生まれた神々
- 甕速日神(みかはやひのかみ):
- 樋速日神(ひはやひのかみ):
「樋(ひ)=火」「速(速い)」「日(霊力や光)」を合わせて、雷や火の勢いを象徴した神と解釈されます。 - 建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)
これらの神々は、特に雷や武神の性質を帯びた神々として知られ、のちに「国譲り神話」において重要な役割を果たすことになります。
剣の柄に集まった血が手の股から漏れ出て生まれた神々
- 闇淤加美神(くらおかみのかみ)
- 闇御津羽神(くらみつはのかみ)
これらの神々は、水や雨を司る龍神とされ、特に谷底や滝壺などの暗く湿った場所に宿る水神と考えられています。闇御津羽神は、闇淤加美神と対をなす存在で、共に水の神として信仰されています。

伊邪那岐命の怒りと、迦具土神の死が生んだ神々は、戦いや火、金属、溶岩といったエネルギーと破壊の側面を帯びていることが特徴的です。自然の恩恵と脅威の両面が、神々として象徴化されたと言えるでしょう。
さらに、迦具土神の身体そのものからも神々が誕生します。
※別記
今回のまとめ
イザナミの死によって、神々の世界に初めて「死」がもたらされました。
愛する者を喪った悲しみ、そして怒り――それは新たな神々を生む力へと転じていきます。
血や涙、そして死さえも、自然界の力を象徴する神々の誕生へとつながっていくこの物語は、
古代の人々が、世界の成り立ちを「終わり」ではなく「循環」として捉えていたことを物語っています。
そしてこの出来事をきっかけに、伊邪那岐命は亡き伊邪那美命を追って、
ついに“あの世”――黄泉の国へと足を踏み入れることになります。
次回は、禁忌を破って黄泉の国を訪れた伊邪那岐命が目にする衝撃の真実、
そして、その後の禊から生まれる三貴子――最も尊い三柱の神の誕生をお届けします。
どうぞお楽しみに!