
はじめに
『古事記』は日本最古の歴史書・神話書のひとつで、712年(和銅5年)に完成しました。
稗田阿礼(ひえだのあれい)が暗唱していた神話・伝承などを、
太安万侶(おおのやすまろ)が筆録しまとめたとされています。
内容は大きく三つの部分に分かれていて、
- 上巻(かみつまき):
神々の物語 - 中巻(なかつまき):
神々の子孫である初代天皇(神武天皇)から応神天皇までの話 - 下巻(しもつまき):
応神天皇以降の天皇の系譜と逸話
といった流れになっています。
『古事記』には、
この世界がどのように始まったのかという壮大な神話が語られています。
第1回は、その最初の物語 ――「天地開闢(てんちかいびゃく)」を紹介します。
天地開闢とは、
混沌とした無秩序な世界から、天と地が分かれ、秩序ある世界が形作られていく過程のことをいいます。
世界はまだ何もなかった
はるか昔、
まだ天も地も、海も山も何もない――
ただ、濃い霧のようなものが漂い、上も下も境目のない世界がありました。
これを『古事記』では、
「混沌(こんとん)」
と呼びます。
この状態は、
西洋の「カオス」神話や、
中国の「混沌(こんとん)」思想にも通じるもので、
世界中に見られる「はじまりは無秩序だった」という共通イメージに重なります。
やがて、この混沌の中から、
まず 天(あめ)が生まれ、続いて地(つち)が分かれ、
そして高い場所に高天原(たかまがはら)が形成されました。
高天原とは、
後に多くの神々が住まう、神聖な世界のことです。

最初に現れた三柱の神 ― 造化三神
高天原が生まれると、
そこに最初の神々が現れます。
最初に登場したのは、次の三柱(みはしら)の神々です。
- 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
(天の中心を司る神) - 高御産巣日神(たかみむすびのかみ)
(高く尊い生成を司る神) - 神産巣日神(かみむすびのかみ)
(神々の生み出しを司る神)
この三柱は、まとめて
造化三神(ぞうかさんしん)
と呼ばれています。
「造化」とは「万物を生み出し、生成する」という意味で、
天地の秩序、生命の源を象徴する存在とされています。
また、この三神はいずれも
「独り神(ひとりがみ)」と呼ばれる神々です。
独り神とは、
男女の性別を持たず、
誰とも交わることなく、ひとりで現れて、
やがてすぐに姿を隠してしまう存在のことです。
つまり、この三柱は、
物語に積極的に登場して行動するわけではありません。
けれども、
宇宙の根源を支える「存在そのもの」として非常に重要な役割を持っています。
天の中心、高みの生成、そして生命の芽吹き――
この三つが揃って、世界は次の段階へと進みます。
さらに続く神々の誕生
続いて、また二柱の神が現れます。
- 宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)
- 天之常立神(あめのとこたちのかみ)
この二柱も、独り神として現れ、すぐに姿を隠しました。
天之常立神は、
「天が恒常に立つ」という意味を持ち、天の秩序や安定を象徴する存在と考えられています。
宇摩志阿斯訶備比古遅神の神名は、以下のような意味をもちます。
- 宇摩志(うまし):「美しい」「立派な」を意味する褒め言葉。
- 阿斯訶備(あしかび):「葦牙(あしかび)」=「葦の芽」を指します。
- 比古遅(ひこぢ):「比古」は男性の尊称。
このことから、
「立派な葦の芽のように現れた男性神」と解釈され、生命の萌芽や成長を象徴する存在とされています。
ここまでに現れた五柱の神々――
- 天之御中主神
- 高御産巣日神
- 神産巣日神
- 宇摩志阿斯訶備比古遅神
- 天之常立神
――は、特に**別天津神(ことあまつかみ)**と呼ばれ、
ほかの神々とは一線を画す、特別な存在として尊ばれています。
「別天津神」は、
この世界を支える根本原理を司る力の象徴であり、
後に続くすべての神話世界を支える土台となるのです。

今回のまとめ
『古事記』の冒頭で描かれるのは、
「世界は何もない状態から、少しずつ秩序が整えられていった」
という神秘的なビジョンです。
最初に生まれた神々は、あまり目立った活躍をしないものの、
「すべてのはじまり」を支える重要な存在として、しっかりと描かれているのです。
次回はいよいよ、
世界を具体的に形作るために登場する、
イザナギとイザナミの物語へと進んでいきます。
どうぞお楽しみに!